こんな風に生きてきました

ひとりぼっちだった日々の先に見えたもの

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こんにちは、Takaéです^^

今年度に入り、色んな場所へ行ってお勉強をしていたところ、沢山〜の人に出会えたわけですが、最近出会った人に「ほぼ確実に」言われる言葉があります。

それは「人の良いところを見つけるのがうまいよね」と言うもの。お…ぉ…なんともありがたい言葉…!古くからの友人は、”これがたかえの通常運転”と、なっている感があるので、逆に新鮮です。笑

たかえ
たかえ
と言うわけで、関わった皆さん御愁傷様でございます。私はもれなく愛を注ぎ続けますぞ

今では割と本気で、国籍、性別、年齢、言語、性嗜好、ありとあらゆるものを超えて「人類皆兄弟」と思っているのですが、オンギャーと生まれた時からそうだったかと言うと、そうではなく。むしろ、2つの大きな大きな山を越えてきたからかな、と思います。

今日は、何がどうなってこんな私になったのか、良かったら聞いてやってください。

中学の頃のしょっぱい記憶

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・ ・ 描くことが大好きだった ・ 中学に入って、友達に存在を 無視されるようになっても ・ 【描くこと】は 私を責めなかったし ・ 自分から生まれる世界は 自分だけのものだった ・ ・ いつも、いつでも 癒してくれて ありがとう ・ ・ – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – ・ #作家さん #ハンドメイド好き #トラウマ克服 #トラウマ解放 #ハンドメイド好きと繋がりたい #作り続けて #好きなことを諦めない #イラスト日記 #中学生の頃 #幸せになろう#ハンドメイド作品 #アートのある暮らし #ハンドメイド部 #ハンドメイド作家 #作るの大好き #描くの大好き #美術部 #ハンドメイド部活動 #アート巡り #お絵かき #おえかき #アーティストとして生きる #いじめられっ子 #シカトされる #強く生きる言葉 #作品づくり #生き方改革 #思い出話いっぱい #泣かないでね #生き方は自分で決める

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日本全国津々浦々「女子中学生」という生き物は、概して”ムツカシイ”ものです。私が学生だった頃も、例に漏れず、その”ムツカシサ”に頭を悩ませていました。笑

4月。もともとゆるい天パだった髪は無残にも、うねりにうねり、元々太りやすいのに食べるのも大好き、おまけに常に顔が脂ぎっている(ついでにビン底メガネ)という残念装備ばかりは万全だった為、クラスカーストで言えば、完全に「下」という容姿で中学校に入学しました。

小学校の頃は、それでもマイペースなアーティスト?として、なんとか市民権を得ていましたが、中学は、うん、ダメね、甘かった。しょっぱなから、小学生の頃は一番仲が良いと思っていた大好きな2人から存在をシカトされるようになります。

移動教室は当然置いていかれる、話しかけても、会話どころか相槌すら打ってもらえない、あえて?目の前での手紙や小説のやり取り…。幼稚と言えば幼稚なのですが、新生活を始めたばかりの自分にはキツかった。そもそも大好きでしたからね、二人とも。

この頃の友達は、女子トイレ。

休み時間はいつも一人になってしまうので、それ以上傷つくのが怖くて、チャイムが鳴る瞬間に教室を飛び出てダッシュ。トイレの個室にこもってポロポロ涙していました。

ハァァァァァ?そんなん、できるかい!!!!!

南米のど真ん中、ボリビアにて。野生のフラミンゴパーク。死骸が骨となった状態で、たくさん転がっていた。

春過ぎて、夏来にけらし白妙の…、そんなん唱えてる間に春は過ぎ、夏が来て、私の幸せ残高は底をつき、いよいよ学校に通うことがキツくなって来ました。ちなみにここに到るまで、誰かに頼ることも、悩みを打ち明けることもしていません。

そんな均衡を破ったのは、まさかの、母。

「お母さん、…あのさ、学校行きたくない。」

ポツリと出た言葉をきっかけに、当時の自分の状況や、それがもう4ヶ月近く続いていること、苦しい心境を話したような気がします。もうこうなったら、と「学校に行かなくて良い」と言ってもらえるよう、少しくらい、盛ったかもしれません。全てを聞いた後、母はこう言いました。

「たかえ、その2人の良いところを見つけなさい。」

………は?はて?いやいや、母さん何言っちゃってるのカナ?と思いましたよね。でも、この母、本気です。

「もう、2人のことは呪うに呪ったんでしょう?嫌いきったんでしょう?じゃあ、良いところを見つけてごらん。

苦しかった。震えるくらい、苦しかった。自分のことを追い詰めている人間を、なんで、今更…、良いところなんか、見つけられるか。見つけられるもんか。

悔しくて情けなくて悲しくて虚しくて、やっぱり涙が出ました。

やってみるしかない

ホゲーってしている。笑

 

でもね、もうこの時点でね、ある意味精根尽き果てていたんですよね。2人のことは嫌うだけ嫌ったし、それと同時に、こんな自分自身も呪いきった。もう、こうなるとやることないんですよ。ただただ気づけば同じ思考のループに入るだけで、新しい考えなんて、一切浮かばない。

だから、仕方ない。

母よ、娘はやってみるよ。

そう思ったのでした。

とは言っても、キッツイっつうの

やってみようと決めたものの、彼女たちとの良い思い出は遥か昔のことのように思えて…最初は、とても素直に良いところなんて見つけられませんでした。

「えぇと…まぁ、言いようによっては、自分の気持ちに素直なところが、良い…かな…?(引きつりながら)」

そんな風に、自分の脳に無理やりギブスをはめながら、生活するようになりました。

…おや?…おやおやおや?

最初こそ、ものすごく皮肉な”良いところ”を見つけていたのですが、人間慣れるものです。

「髪が綺麗なストレートで素敵」「スラリとした細身の身体は羨ましいほど。」「華やかな笑顔、良いなぁ。」

基本的に置かれている状況は変わらずで、彼女たちの内面にはあまり触れられなかったですが、自然と良いところに目を向けられるようになっていきました。

ちょっと暗いから骨休めに。いつから絵を描くのが好きだったのか…子宮か?

 

この習慣を始めて夏休みもあけて、秋口に差し掛かった10月のある日、ふと、”もう、そんなに苦しくない”自分に気づいたんですね。

苦しい苦しい(=欲しい、欲しい…!)と固執していた感情が、気づいたら和らいで、消えていた、というか。

「もう、いっか、いまだに”仲が良い”と呼べる友達なんて、これっぽっちもいないけれど、少なくとも、全員から迫害を受けているわけではないんだし。」「きっと、あの子たちも、何か嫌なことでもあるんだろう。」くらいに思える境地に達したんです。イエス登頂。

たかえ
たかえ
ちなみにこの悟りを開くまでは、アルゼンチンへ飛んでタンゴを生で見て死ぬか、早く年金生活を送りながら、静かに死を待ちたいと願っていました。←

自分が変わると、相手も変わっていく

彼女たちが変わったというよりは、私の感情が変化したことで、気づけば、一言二言、そして二言三言…と、奇跡的に言葉を交わせる日が増えていきました。

学年が終わる頃、”全く元どおり”とはいきませんでしたが、少なくともクラスメイトとして、同じ空間で、息を吸えるぐらいはできるようになっていました。

不自然なほどのシカトや、私を退いてのやり取りもなくなり、正直、ホッとしたよおおおおおおおお。HOOORAAAAAAYYYYYおめでとう私、ようやく1年が終わるよ!(号泣)

勇気を出して、言葉にして

そして時は流れ、3年生になって。

忘れられない、あの日を迎えるのです。

1年の時に辛酸を嘗めさせられた笑、例の友人とは3年もクラスが同じ。この時には、普通に会話ができるまでに関係は正常化していたのですが、一緒にいるグループとかでは全然なかった。

彼女は、クラスの華やかなグループにいて、私はなんとな〜くクラスをフワフワしていました。(一応、仲良くしてくれる友達もできました^^;)

そんな彼女、1年の時同様、また3人グループを作っていて。そのうちの1人とグイグイ仲良くなって、残った1人をかるーく追いやる、みたいなことをし始めたんですね。

私、も〜〜〜なんだか苦しくなってしまって。友人とは幼馴染だったのもあり、一緒に帰ることになったタイミングで、勇気を出して言ってみたんです。

”ねぇ、あの時みたいになってるよ?”

そして、ダムが決壊する

その瞬間です。

彼女が、堰を切ったかのようにボロッボロ泣き始めました。

「マジだわ、あたし同じこと繰り返すとこだった…!」「ありがt…」「ごめ…っ、あのさ、たかえ、ごめん…!」「私さ、たかえが傷ついてるって分かってた。」「だけど、あの頃色々あって、止まんなくて…ほんと、本当ごめん…!」「でも、あんたさ、私のこと全然責めないじゃん、悪口一回も聞いたことない」

「あんた、すごいよ」

泣きました。

15歳、受験も終わってもう一ヶ月もすれば、別々の高校へ。

そんな子どもが2人、人目もはばからず、わんわん泣きました。

完全に、氷が溶けた瞬間でした。

人の悪いところを見たっていいことない

Couch Surfingで知り合った友人を訪ねにメキシコへ。左からスペイン人、メキシコ人、日本人。国を出ると、私はどこまでもアジア人なのだと気づく。

 

人って複雑で、人の悪いところは簡単に見えてしまうんですって。

あの人の、こういうところ嫌だな、とか、なんでそういう言い方すんの?とか。なのに、良いところは、「探さないと、見えづらい」みたいです。

ちょっとカフェや居酒屋に立ち寄ると、よく、上司がどうのとか、うちの人がどうのとか”不満の声”は耳にするけれど、それと同じくらい”この人のこんなところが素晴らしい!”、”もう最っ高だよ、愛してる!笑”って高らかに語りあげている団体さんって…いない…悲しみ…。

中学生に限らず、人ってムツカシイですね。笑

でも、だからこそ、私は、良いところを見ていきたいのです。

日時計みたいになれたらいいなって思う。私がやらなくても、嫌なところは見えてしまうのなら、陽の光の当たる部分に目を向けて、宝物を探すみたいに”素敵なところ”を探したい。

そして、見つけた光を言葉にして、あなたに伝えたいのです。伝えるために存在するのが、「言葉」でしょう?

友人がくれたちょっと早いクリスマスギフト。温かい気持ちのキャッチボールに嬉しくなるばかり。嬉しいメッセージを、いつも、いつもありがとう。

 

と言うわけで、夜も更けるどころか、おいおい朝になっちまったよ!(驚愕)

2つ、と言いましたが、1つだけでも大ボリュームになってしまったので、続きはまた別の機会にしたいと思います。笑 こんなに長ーい話を、ジッと聞いてくださって、ありがとうございました^^

それでは、また〜♪

たかえ

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